お湯がぬるくなるまでに、花を飾る 〜こどおば部屋の窓辺で〜

人や物の名前が出てこない。脳を活性化させるのだ!!アウトプット開始!!

【入れ歯体験記】アラフィフの食と滑舌の格闘!ポテチの質量とせつなさを殺せない推し活(D+9〜D+13)

【ほんの前置き】
本文へ進む前に、ひとつだけお断りを。

このブログでは、私の口内を賑わせている「部分入れ歯」のことを、あえてエレガントに「デンチャー(Denture)」と呼称しております。

「入れ歯」と書くとどうにも容赦のない生活感が漂いすぎて、私の繊細なガラスのハートがパツンとひび割れてしまうのです。どうか私の口内に棲まうその無機質な相棒を、異国の美しきガジェットのように想像して見守ってくださいませ。

 



D+9 夕飯はデンチャー特訓の時間。スッピン歯のありがたみを噛み締める

平日は、昼間は電話で喋りまくる生業のためすっぴん歯で過ごし、19時に満を持してデンチャーをドッキング。

 

本日の夕飯は、ししゃも。 容赦なく食いちぎり、ワシワシと貪り食ってやりました。食べ方に関しては、我ながらだいぶ手慣れてきた実感が一筋の光のように差し込んでおります。

 

相変わらず、私の口内の1/3ほどはプラスチックの海に溺れている状態ですけれど、溺れているなりに、素材の味はちゃんと感知できるようになりました。

 

もちろん、スッピン歯の時に比べたら「余計な居候がいるな」という違和感は拭えませんけれど。 大根と手羽先をじっくり煮込んだやつは、骨からホロホロと肉が外れるほど柔らかいので、もはや入れ歯なしでもいけるレベル。それでも、夕飯は「練習」と割り切って、頑なに外さずに食べる訓練を続けております。

 

何はなくとも、最大の問題は「発音」ですわ。 試しに同居している父親と会話を試みるのですが、まぁ、かなりの高確率で「ん?」と聞き返されます。 ほんの少ししか喋っていない、大した長さでもない会話なのに、速攻で「ん?」です。 そう、問題は食べる能力よりも、この「コミュニティにおける発音エラー」なのよね。 巷のウワサでは「発音もそのうち慣れる」なんて言われておりますけれど……。

 

 

今のところ、これが綺麗に治る未来なんて、1ミリも慣れる気がしない地獄のフガフガ期を彷徨っております。

 

D+10 デンチャーと寿司の密かな綱引き

本日も仕事から帰り、19時、厳かにドッキング。
そして本日も、懲りずに酒を飲む。

大根と手羽先の煮付け。彼らは大変にマイルドで従順なため、何ら問題はない。
カマンベールチーズも、その濃厚な抱擁をそっと受け止めるだけで済むので問題なし。

問題は、寿司だ。
うっかり気を抜くと、シャリの妖艶な粘着力にデンチャーが持って行かれそうになる。脱落こそしないものの、口内で密かな綱引きが繰り広げられるのだ。

そして、ポテトチップス。
これはデンチャーを迎える前から薄々感づいていたことだが、想像以上に歯への負担が凄まじい。咀嚼した瞬間、ポテチの破片たちが口内の水分を吸って、密度の高いひとつの「凶悪な質量兵器」へと変貌するのだ。そこへかかる、得体の知れない相当な圧。
自前の歯が健在だった頃には、これほどまでの恐怖を感じたことなど一度もなかった。説明するのが極めて難しい、口内のディストピアである。

 

D+11 口いっぱいのレタスと、デンチャー生活で目覚めるお嬢様ライフ
本日も夕食時のみドッキング。

「レタスのような軟弱な葉物野菜ならいけるだろう」と過信しすぎ、口いっぱいに頬張ったら、流石にいっきに食べきれず途方に暮れた。
学んだわ。これからは自分が思っている「半分の量」を、お嬢様のように淑やかに口へ運ぶべきなのね。

 

D+12 未だ見ぬ「焼肉の迷宮」へ想いを馳せて。デンチャー生活、滑舌の小さな進化。

なんだか少しずつ、この不自由な生活にも慣れてきたのかもしれない。もちろん、相変わらず食べづらいことには変わりないのだけれど。

ただ、デンチャー降臨以来、まだ一度も「焼肉」に行っていないのがにわかに気になり始めている。「肉=硬い」というステレオタイプなイメージが脳裏にこびりつき、気づかないうちに野生の肉塊を避けていたのかもしれない。近々、果敢に焼肉の迷宮へ挑んでみようかしら……。

 

ちなみに、スマートスピーカーに向かって「Alexa(アレクサ)」と発音する際、滑舌がずいぶんとスムーズに言えるようになってきた。小さな、しかし確かな一歩である。

明日は、長い付き合いの友人とコンサートを鑑賞し、その後カラオケに行く予定だ。

 

D+13 推し活現場のデンチャー・ラプソディ。
本日は待ちに待った大切な「推し活」の日。


友人と喋りまくることは確定しているが、あえて実証実験としてデンチャーを装着して出かけてみることにした。


朝からスシローに滑り込み、ハイボールを煽る。今のところバレてはいない。完璧なカムフラージュだ。

 

楽しすぎたコンサートの余韻に浸りながら、私たちはカラオケへとインぬした。

おつまみとして注文した「砂肝」は、硬くて今の私には無理だろうと覚悟していたのだが、思いのほか柔らかく調理されており、無事に咀嚼できたことを付け加えておく。

 

しかし、今日の同行者である友人は、少々お耳が遠い方であった。
元々あちらの聞き取りがスムーズでない上に、こちらのデンチャーによる「聞き取りづらいフガフガ期」が重なると、相性は最悪の一言に尽きる。実験はここで潔く断念した。

そもそも、多忙極まりない友人がせっかく作ってくれた貴重な息抜きの1日なのだ。そんな神聖な時間を、私の個人的な「入れ歯滑舌実験」に費やすのはあまりにも申し訳ないではないか。

いつもなら、前半は喋り倒し、後半から歌うというのが私たちの美しい様式美。

そう思い至り、おつまみをハイスピードで8割ほど平らげた瞬間、デンチャーをそっと取り外した。

 

ここからは器具を外した、完全なる「歯抜けレディ」である。
しかし、カラオケに入った瞬間からこの展開は見越していた。私はすかさず友人の「左どなり」のポジションを完全に陣取ったのである。こうすれば、私の左側の闇(歯抜け)が彼女の視界に入ることはない。

背中合わせの恋じゃないけれど、死守した左側で、私はそっと呟くのだ。

 

「せつなさを殺せない……」と。

 

デンチャーを装着したまま高音を響かせることができるのか否かは、今度一人の時に密かに実験してみようと思う。



自前の歯のありがたみを噛み締めつつ、私のデンチャー・ラプソディはまだまだ続く。